「いいな」を届けるWebメディア

コラム

2015年09月20日 更新

自分の体でぶつかって働く父の姿に息子の心が動く。ある父子の作文「鳶職の父」がネットで話題。

家族を守るために頑張る姿は、どんな仕事でも素晴らしいことを教えてくれる、素敵なエピソードがあります。
PAK89_koujigenba1321500-thumb-750x500-3905

出典:http://www.pakutaso.com

普段のお父さんがとる態度から「いてもいなくても構わない」と思っていた息子の気持ちが、大きく揺れ動いたある出来事を描いた作文。少し長いですが、全文をご紹介します。

鳶職の父

公用でM高校へ出かけたある日のことだった。

校長先生は、引き出しから書類を取り出し
「実は、ある生徒の作文ですが・・・」
と、A少年の経歴を話した後に作文を朗読された。

「僕の父親の職業は、鳶職である・・・」
という書き出しから始まり
内容はおよそ次の様なことが書かれていた。

「父親の休日は定まっていなかった。
雨の日以外は日曜日も祝日も無く
決まった作業服に汚れた古いオンボロ車を運転して仕事に出掛ける。
仕事が終わると頭の先から足の先まで
泥や垢で真っ黒になって帰り
帰るなり、玄関先に先ず衣類を脱ぎ捨てて
褌一つになって風呂に飛び込むのが日課である。

時々だが、僕の友達がいても平気で
『よっ!』
と言うと裸になって風呂へ直行する。
そんな時の父親の姿は友達に恥ずかしく、一番嫌いだった。

『お願いだから風呂場で脱いでよ!』
と、度々父親と言い争いをしたものだが
『そうか、そうか、そりゃ悪かった』
と謝るだけで直ぐにもとの木阿弥である。

小学校の頃、
日曜日になると近所の友達は決まって両親に連れられて
買い物や食事に楽しそうに出掛けて行き
僕は羨ましく思いながらそれを玄関先で見送ったものだ。
はしゃぎ回って出掛ける友達の後ろ姿をじっと見つめながら
『みんな立派な父さんがいていいなぁ』
と、寂しくて涙がポロポロと流れたことが幾度もあった。
中学になる頃には自分の境遇について
もう、すっかり、諦めていた。

たまの休みは
父親は朝から焼酎を飲みながらテレビの前に座っていた。
母親は
『掃除の邪魔だからどいてよ』
と、掃除機で追っ払う。
『そんなに邪魔にするなよ』
父親は逆らうでもなく焼酎ビンを片手にウロウロしている。

『たまには子供と一緒に何かしたら~』
と、母親は言うが、僕は
『一人の方がいいよ』
と言って、父親を軽蔑の眼差しで睨みつけてしまう。
父親も
『お前は俺とウマが合わないから遊んでなんか欲しくないわな~』
と言う。
『濡れ落ち葉という言葉はあなたにピッタリね・・・粗大ゴミとも言うわね』
と、愚痴る母親に
『なるほど、俺にそっくりか、ハハハ~上手いことを言うな、ハハハ~』
と、受け流して怒ろうともせずにゲラゲラ笑っている。

決まったようないつもの両親の会話だが
僕も母親と同じでこんな不甲斐ない父親など
いてもいなくても構わないと思ったりした。

小学校の頃から小遣いをくれるのも母親だったし
買い物も母親が連れて行ってくれた。
PTAの会合も母親だった。
運動会も発表会も母親が来てくれていたし
父親が学校を覗いたことなど
ただの一度も僕には記憶が無い。

ところがある日、僕は私用で名古屋へ出掛けた。
ふと気付くと高層ビルの建築現場に『○○建設株式会社』と
父親の会社の文字が書かれているのが目に入った。

これが父親の働く現場か・・・
僕は足を止めてしばらく眺めるともなく見ていて驚いた。
八階の最高層に近い辺りに
命綱を体に縛り懸命に働いている父親の姿を発見したのである。
僕は金縛りにあったようにその場に立ちすくんでしまった。

『あの呑み助の親父が、あんな危険なところで仕事をしている。
一つ間違えば下は地獄だ。
女房、子供に粗大ゴミとか濡れ落ち葉とか馬鹿にされながらも
怒鳴りもせず、反発もせず、ヘラヘラ笑って返すあの親父が・・・』

僕は絶句して体が震えてきた。
八階で働いている米粒ほどにしか見えない父親の姿が
仁王さんのような巨像に見えてきた・・・」

校長先生は少し、涙声で読み続けた。

「僕は何という不躾な心で自分の父親を見ていたのか。
母親は父親の仕事ぶりを見たことがあるのだろうか。
一度でも見ていれば濡れ落ち葉なんて言えるはずは、無い。
不覚にも涙がポロポロと頬を伝った。

体を張って、命を賭けて僕らを育ててくれている。
何一つ文句らしきことも言わず
たった一杯の焼酎を楽しみに黙々と働く父親の姿の偉大さ。
それに対して小言しか言えない
母親の小さな心の薄っぺらさが情けなくなってきた。

どこの誰よりも男らしい父親を
僕は今、この目でハッキリと確認し
逞しい父のこの姿を脳裏に刻んでおこう。
そして素晴らしい父親を尊敬し
その子供であったことを誇りに思おう」

そして、彼は最後にこう書き結んでいる。
「一生懸命勉強して
一流の学校に入学し
一流の企業に就職して
日曜祭日には女房、子供を連れて
一流のレストランで食事をするのが夢だったが
今日限り、こんな夢は捨てる。
これからは親父の様に
汗と油と泥にまみれて
自分の腕で
自分の体でぶつかっていける
そして黙して語らぬ親父の生き様こそ本当の男の生き方であり
僕も親父の後を継ぐんだ」

読み終わった校長は
「この学校にこんな素晴らしい生徒がいたことをとても嬉しく思います。
こういう考え方で判断することが教育の根本だと思います。
そして、子を持つ親として、つくづく考えさせられました」
と、しみじみと語った。

家族が仕事で頑張る姿は、中々見られるものではないかもしれません。でもこうやって頑張っているからこそ、ご飯が食べられる。学校に行ける。家族みんなで過ごせている…のではないでしょうか。
憶測ですが、きっとお母さんも、そんなお父さんの頑張りを分かっていたのかもしれませんね。

ご両親の大切さや存在の大きさについて改めて考えさせられる、とっても素敵な作文でした。

この文章がは「心に残るとっておきの話〈普及版第5集〉」に掲載されているお話の一部。この文章がネットで多くの企業やブログで紹介され、たくさんの人の心を動かしています。

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

FEELYの最新情報をお届けします

この記事に関連するキーワード

こちらもおすすめです