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2015年09月06日 更新

「お腹の子は、無脳児でした。」葛藤と感動ををつづる、ある夫婦の5日間

7月7日の七夕から5日間。夫婦それぞれの視点から描いた「お腹の子は、無脳児でした。」というSTORYS.JPに掲載されたお話が、たくさんの心に響き続けています。

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「お腹の子は、無脳児でした。」~葛藤と感動に包まれた5日間の記録~

「大事な話があるから、

電話に出られるようにしておいてね。」と、

妻のはなちゃんからLINEが入った。

昼休み。丁度、店内でチキンクリスプの包み紙を開けるところだった。

「そうかあ、本当にだめだったのか。」と心の中で深くため息をついた。

確かに、はなちゃんは病院に行く前から気にしていた。

「もうちょっとお腹大きくなってもいいころなのに。

ちゃんと育っているか心配。」

1か月くらい前から、何度かそう話していた。

でも、不安になるのは

心配性のはなちゃんにはよくあること。

正直あまり気にしてなかった。

正確には、気にしないようにしていた。

妻の7月7日
脳がないから、産まれても生きられない。

妊娠14週。いつも通り10:30に産婦人科へ。

血圧正常、体重900g増加。

よし。まだプラス1kgもいっていない。

「次からUSB持って来たら

赤ちゃんの映像とってあげられるからね。」

よし。次回は絶対持っていかなきゃ。

エコー始まる。

お。ピコピコ心臓動いてる!

一安心。

無言。

無言。

無言。

あれ?

一人目のそうたろうの時には、

「これが足で、これが手だよ。」

「これが顔ね。」

「今は○○㎝だね。」と会話が普通にあったのに。

「あ、これ心臓ですよね?」

無視。

え?無視?

しかも首をかしげながら映像を見ている。

何か異常があったのかな。

だからこんなに無言なのかな。

そうしたら、

「ど、どう?最近はつわりはおさまってきたかなー?」

ギコチナイ棒読みで。

「全然まだなんですよ!先週末も吐いて、けっこう辛かったです。」

「そ、そうなんだー?風邪とかひいてない?」

「風邪?たぶんひいてないです。」

無言。

無言。

「家族はどう?風邪ひいてる人いない?」

「はい。誰もひいてないですよ。」

無言。

無言。

「上の子は、えーっとー、5歳になったのかな?」

「はい。」

「どう?上の子は風邪ひいてない?」

「?はい。別にひいてないです。」

無言。

どうしてこんなに、

周りに風邪をひいてる人がいないか聞くんだろう?

そこ重要なのかな?

かなり不安。

長すぎる。

エコーが長すぎる。

「はい。じゃーー……えーっと……。ね。

あとでね、先生の方からお話がありますので、

待合室の方でお待ちください。」

この意味深な言い方に、

「何かあったんですか?」

と、すごく聞きたかったけど、

聞いたら後悔する気がして、怖くて聞けなかった。

結局、いつもなら渡される

エコー写真をもらえないまま待合室へ。

待つこと1時間以上。

後から来た人たちがどんどん帰っていく。

もしかして、

わざと最後になるように回されてるのかな?と気がついた。

「半田さーん。」

やっと呼ばれて診察室へ行こうとしたら、

看護師さんが「今日は一人で来たのかな?」と聞いてきた。

絶対おかしい。この質問絶対におかしい。

心臓がバクバクしながら、診察室のドアを開けた。

室内は、たくさんのエコー写真が並んでいて、

先生と5人の看護師さんが小声で、

何か深刻そうに話し合っている。

何?この光景。

頭の中は真っ白。

心臓バクバクどころじゃない。

イスに座っても、誰も何も話してくれない。

やっと話してくれたと思ったら、

「今日は一人で来てる?誰か一緒に来てない?」

とまた確認される。

そうとう内容が深刻なのはよくわかった。

やっと先生がしゃべったと思ったら、

「ちょっと中から見たいから、

内診台の方あがってもらおうかな。」

「何かあるんですか?」

すごく震えた声で、やっと聞けた。

「うーん。ちょっとね。うん。

胎盤の位置を確認させてね。」

なんとなく怖くてエコー画面が見れない。

それよりも、

先生たちのヒソヒソ声が気になって仕方がなかった。

うーん。やっぱりどうのこうの。

ここがあーのこーの。

だからあーのこーの。

全然聞き取れないけど、かなり深刻気味。

内診が終わっても、

足がガクガク震えてパンツがうまくはけない。

また先生の前に座る。

「これね、今日のエコーなんだけど。」

心臓が痛い。

今から何か言われると思うだけで、

過呼吸になりそう。

「ここわかる?下が黒くなってるでしょ?

頭の下と、ここ背中なんだけど、

背中の下も黒くなってるでしょ。」

「はい。」

「これね、赤ちゃんむくんでるんだよね。」

全く知識がないせいで、会話の先が読み取れない。

「でね、ここ、頭の後頭部なんだけど。

体の大きさに比べて、

頭の大きさがちょっと小さいんだよね。

ていうのは、後頭部が成長してないのよ。」

「はい?」

「前回のエコーではね、

そんなふうには見えなかったんだけどね。

んーーー。まー、要は脳がないんだよね。」

「え?!」

「無脳児って言うんだけどね。

こういう事、稀にあるんだよね。

お母さんのお腹の中では生きられるんだけど、

脳がないから、産まれても生きられない。

今の段階での治療法っていうのは、何もないんだよね。」

お腹の中では生きられる。

でも、脳がないから、産まれても生きられない。

全然わからない。

全然整理できない。

「え。どうしたらいいんですか?」

「今妊娠14週だよね。

そうすると、妊娠12週以降の場合は、

普通のお産と同じ形で、

赤ちゃんを出すしかないんだよね。

中絶という事になっちゃうんだけど。」

「中絶?!」

「うーーーん。無脳児ってね、

脳がないだけで、体はほんと普通に育つんだよね。

目もちゃんとあるしね。

心臓もちゃんと動いてるから、

どうしても中絶という言い方になってしまうんだよね。

母体のリスクを考えて、

母体保護法で中期の中絶をしてもらうことになってしまうんだよね。」

先生はすごく申し訳なさそうに言った。

のちのち、ネットで調べた記事には、

” 一般的に、医者から

中絶を勧めることはほとんどない。

ただ、無脳症の場合だけ、

唯一医者が中絶を勧める病気である。

それ程、無脳症というのは、

絶望的な病気である。 ” と書いてあった。

頭の中で整理を全く出来ていないし、

現実に心が追い付いてないし、

そもそも全く現状を理解できていない。

「じゃあ、奥で入院する日を決めてね。」

と別の部屋に。

一人でボーッと考える。

でも、何を考えたらいいのかわからなさすぎて、

結局何も考えずに座っていた。

受付に戻ると誰もいない。

ボーッと待って、お金払って、車に戻って、

すぐ夫のはんちゃんに電話をした。

声を聞いた瞬間に、号泣。

話さなきゃと思っても、

とりあえず、溜まってた涙が全部流れた。

夫の7月7日
理由なんて、ない。

「大事な話があるから、

電話に出られるようにしておいてね。」と、

妻のはなちゃんからLINEが入った。

昼休み。丁度、店内でチキンクリスプの包み紙を開けるところだった。

数分すると、電話が掛かってきた。

もちろん、はなちゃんは号泣していた。

一通り話を聞いた。

余計なことは言わず、言えず、

「うん、うん」と相槌だけ打っていた。

あとは「わかったよ。早く帰るね。」

と低い声で言っただけだと思う。

さすがに食欲は無くなった。

帰社後、会社に事情を説明して、

早退させてもらった。

自宅まで車で45分ほど。

とにかく色んな事を考えた。

なんでこうなったんだろうとか、

もしあれがこうだったらとか、

とりとめのないことばかりを考えていた。

そして、人から聞いた話を思い出した。

” お寺の禅の話。

最初に叩かれた時は、体が動いたのかと考える。

しかし、その後も叩かれ続けていると、

「過去の自分の行いが悪いのかも知れない」と

思い始めてしまうそうだ。

つまり、人間は理由の分からない、

納得のいかない出来事に直面すると、

心のバランスを守るため、

無理やりにでも理由を作ってしまう生き物なんだ。”

まさしく今の自分もその状況だと思った。

きっと、理由なんてない。

誰も悪くない。

ただ、現実に起こってしまったこと。

ただそれだけのことなんだ。と受け止めた。

俺は今から、はなちゃんを支えなければいけない。

落ち込んでなんていられない。

帰宅すると、すぐにそうたろうを

保育園にお迎えに行く時間だった。

はなちゃんは私一人で

「お迎えに行ってくれ」と頼んできた。

「なんだかそうたろうに会わせる顔がない」と。

でもそれは断った。

そうたろうが心配する。そこは逃げちゃ駄目だと。

素直に納得してくれて、

一緒にお迎えに行った。

初めて二人で行ったお迎えに、

そうたろうは満面の笑みだった。

やっぱり、子どもの無垢な笑顔には癒される。

私たちには、そうたろうがいる。

それだけで、恵まれていることだと思った。

もし、彼がいなくて二人きりだったら、

沈むところまで沈んでしまうのだろう。

夜、少しだけ無脳症について調べてみた。

ネットでは数万人に一人はおろか、

千人に一人の確率とも書かれている。

そんな多いはずがないと心から思う。

こんな思いが「珍しいことでもなんでもない」では、

安く片付けられているようで、納得ができなかった。

はなちゃんはとりつかれたように、

携帯で無脳症について調べ続けている。

少しでも、ほんの少しでも、

この苦しい思いや不安を解消させてほしいと

「薬」を探しているようだった。

夫の7月8日
そうたろう、空に叫ぶ。

もともと僕たち夫婦は

いわゆる「授かり婚」だ。

ただ、妊娠発覚前から

結婚式場に見積もりを取っていたので、

「不意」な妊娠ではあったが、

「不本意」な授かり婚ではなかった。

08年1月に交際を開始。10か月後、結婚。

翌年5月に長男のそうたろうが誕生した。

今回のことは初産から5年と2か月後のことだった。

今日は産婦人科で

「ご家族に病状の説明」を受ける日。

指定された正午に病院へ。

もちろん、はなちゃんは暗い。

自分は昨日帰宅するまでに

受け入れる整理ができていたので、

薄情なほど、落ち着いて見えるのかもしれない。

産婦人科では、待てど暮せど呼ばれる気配がない。

さすがにいらいらしてくる。

「サービス業なら潰れているな」と思った。

結局2時間。ようやく説明が始まる。

人柄は良いが不器用そうな院長が、

気を使いながら、まわりくどく説明してくれる。

正直頭に入ってこない。

次第に説明に収集がつかなくなり、

「んーーー。

まー要は脳がないのよ。」と収束。

着陸前の飛行機が上空で旋回を続け、

あげく最後は直滑降で着陸。

そんな感じだった。

次に助産師の加藤さんが登場。

院長を押しのけ「ゴッドハンド」

と呼ばれるカリスマ助産師。

頼りがいが溢れ出ているほど、言葉が強い。

「今回の事はもうほんとに仕方がない!」

目を見て、キッパリ言い切ってくれた。

たくさんの嬉し涙や悔し涙、

罪悪感の涙に触れた人だからこその

「厚み」だと感じた。

きっと、この言葉の強さも加藤さんの

「施術」なんだと思う。

妻の7月8日
「忘れものを取りに、お空に戻って行っちゃった。」

さらに加藤さんは、こう言ってくれた。

「私はね、お母さんは

映像として残さなくていいと思ってる。

でもそのかわり、

お父さんには必ず赤ちゃんに会ってもらう。

それでいいと思う。

お母さんは、前に進まなければいけないの!

映像として残してしまうと、

いつまでも引きずって、

次の妊娠に進めないから。」

…この先も公開中の物語は続きます。ぜひ、STORYS.JPをご覧ください。

「赤ちゃん、もうこのお空にいる?」

「うん。いるよ。」

と言われたときの、息子のそうたろうくんの行動や、

頼りになる助産師さんの

「私はね、お母さんは

映像として残さなくていいと思ってる。

でもそのかわり、

お父さんには必ず赤ちゃんに会ってもらう。

それでいいと思う。

お母さんは、前に進まなければいけないの!

映像として残してしまうと、

いつまでも引きずって、

次の妊娠に進めないから。」

強い言葉。

きっと、このお話に出てくる小さな命をめぐる人々の葛藤が、あなたの心を動かしてくれます。

出典:storys.jp

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