「いいな」を届けるWebメディア

スポーツ

2016年10月01日 更新

「3千本で思い出したのは…」“イチロー”の名付け親・オリ時代の亡き恩師に感謝のコメント

「イチローと誰にも親しまれる呼び名に変えた方がいい」

史上30人目&史上最速となるメジャー通算3,000本安打を達成したマーリンズのイチロー選手。

7回の第4打席、ロッキーズ・ラシン投手のボールをライトオーバーで打ち返し、歴史的な偉業を達成。

チームメイトに祝福されるイチロー選手

出典:#THIS Ichiro joins the 3,000 hit club

バリー・ボンズ打撃コーチとイチロー選手

出典:#THIS Ichiro joins the 3,000 hit club

試合後のインタビューにてその瞬間をイチロー選手は次のように振り返りました。

「3,000を打ってから思い出したことは、このきっかけを作ってくれた仰木監督ですね。神戸で2000年の秋、お酒の力を使ってですね、僕が口説いたんですけど、その仰木さんの決断がなければ何も始まらなかったことなので、そのことは頭に浮かびました」

出典:イチロー、3000安打達成で恩師に感謝 「仰木さんの決断がなければ」 | Full-count | フルカウント ―野球・MLBの総合コラムサイト―

仰木監督とは、イチロー選手がメジャーに挑戦する前に所属していたオリックス時代の監督。

イチロー選手だけでなく、野茂秀雄さん(近鉄時代)、田口壮さんなど多くの選手の才能を見極め、開花させるマネジメント力に定評がありました。

130試合で130通りの先発メンバーをアレンジする奇策、「パンチ佐藤」や「イチロー」の名付け親でもあります。(「鈴木一朗」から「イチロー」に変更)

これらのユニークな発想は「仰木マジック」として野球ファンの間で親しまれました。

しかし、2005年12月、呼吸不全のため急逝。(享年70)
当時マリナーズに所属していたイチロー選手は、闘病中の仰木監督を見舞うため緊急帰国。別れ際、仰木監督は泣いたそうです。

イチロー選手の特徴として知られる「振り子打法」、高校時代やプロ入団時は「変なフォームはやめろ!」と指摘されました。

しかし、イチロー選手の個性・野球センスを認め、当時オリックスの2軍にいたイチロー選手の力を最大限に引き伸ばしたのは仰木監督だったのです。

「どんな人間かを察知する能力が確実にあって、それに応じて選手を操る。心の掴(つか)み方っていくつかパターンがあるけど、仰木監督はその型が無数にあるように見えた。それがマジックなのかもしれないですね」

出典:【イチローが語る仰木監督=中】/大リーグ/大リーグ/デイリースポーツ online

尊敬する仰木監督との師弟関係はまだまだ続きそうですね。

※イチロー選手のプレイバック動画

出典:A look back at Ichiro’s numerous career milestones

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

FEELYの最新情報をお届けします

この記事に関連するキーワード

こちらもおすすめです