官能的な美しい女性を描く!恋多き芸術家《クリムト》の才能と生涯

《クリムト》が描く美しい女性

【アデーレ・ブロッホ・バウワーの肖像】

【死と生】

 

世紀末のウィーンを代表する芸術家であるグスタフ・クリムト(Gustav Klimt)。

恋多い男であり、また多くの女性を描いた男で有名ですね。

官能的なテーマを甘美なエロスで表現します。

晩年期になると生と死を感じさる作品も登場。

絵画でよくみられる豊かな体を持つ女性ではないのです。

近代的な印象を与えるスレンダーな女性が絵画に多く登場するのが特徴的。

また日本画からの影響を多く受けていたのが作品に現れています。

黄金期と呼ばれる時期には「金箔」を多く使用した絵画が有名ですね。

その目がくらむほどの美しさは、今もなお多くの人々を魅了し彼の作品のファンも多いのではないでしょうか?

 

芸術家《クリムト》の生涯

1862年にウィーンのバウムガルテンにて誕生したグスタフ・クリムト(Gustav Klimt)。

彫刻家であった父の影響も受け工芸学校へ進みます。

石膏やデッサンなど古典作品を中心とした教育を受けたとクリムト。

クリムトは弟や友人と共に、デザインを請け負う仕事に関わります。

卒業後には芸術家商会を設立し仕事は軌道へ…

 

賞を受賞したりと変化が訪れるクリムト。

就任することはなかったものの教授としての推薦など周りからも認められはじめます。

そんな状況の中、弟と父がなくなる悲劇に見舞われてしまいます。

 

装飾家として知名度を上げていったクリムトに新たな仕事の依頼が舞い込むことに。

大学の天井画を依頼され、「哲学・医学・法学」という作品を手掛けることが決まります。

作品を巡り多くの議論が繰り広げら、クリムトが想像もしていないほどの大きな騒ぎに発展。

最終的に仕事の契約を破棄することになります。

 

クリムトの作品がナチスによって没収されたのは有名な話ですね。

一部の作品が焼失してしまっていると言われています。

 

分離派展にて発表した作品も多くの反感を買うことも。

しかし上流階級のお金持ちに気に入れられ支えらます。

多くの人がクリムトに肖像画を描いて欲しいと願ったのだとか。

 

徐々に黄金期と呼ばれる金箔を使用した作風から変わりを見せます。

晩年になると死を感じさせるような精神性を感じさせる作品もありますね。

クリムト自身はスペイン風邪が悪化してしまい、1918年に帰らぬ人に。

 

画家クリムトというと金箔を多用した作品を思い浮かべる人は多いのでは?

クリムトの黄金期であり、代表的な絵画も多く生まれた時期でもありましたね。

 

恋多き男であった《クリムト》

【接吻】

 

恋多き芸術家クリムトは、恋人や愛人など多くの女性と関りのある男性だったと言われています。

しかし生涯結婚はせずに独身のまま。

クリムトのアトリエには、常にモデルをつとめる多くの女性が寝泊まりしていたとのこと。

その数は多い時で15人以上にものぼると言われています。

まるでハーレム状態だったと言われ、クリムトの子どもと呼ばれる子供もも多く存在したと噂が残っています。

多くの女性と関りながらも、もめ事を嫌ったクリムトはスキャンダルなどで問題を起こすことはなかったそう。

 

そんな欲望的に映るクリムトにも、唯一特別な女性の存在。

クリムトの弟の妻の姉である「エミーリエ・フレーゲ」。

当時では珍しく経済的にも独立した女性だったと。

クリムト自身も彼女を尊敬してたことが残されています。

最期に放った言葉は「エミーリエを呼んで欲しい」とのことから、安心を与えてくれる唯一の女性でだったことが分かりますね。

彼女とのきっかけは、作品にも影響を与えたと言われています。

また彼女は、クリムトの死後も独身を貫いた女性でした。

上記にある作品「接吻」は、クリムト自身とエミーリエを描いた作品と言われており、多くの女性にも人気のある作品のひとつです。

 

今もなお多くの人を魅了する《クリムト》

現在でも多くの人々を魅了させているクリムトの作品。

クリムトの絵画がバックやスマートフォンケースだけにとどまらず、ネイルデザインにもクリムトを意識したデザインが多く登場しています。

時代を超えて女性を魅了する画家であるクリムト。

多くの女性を知り尽くした男だった彼だからこそ、表現できた作品なのかもしれませんね。