見て見ぬふりする心理!何かあっても関わりを避ける理由

思わず他人のことを見てみぬふりをしてしまうことがあります。罪悪感に襲われてしまうこともあるでしょうが、つい見て見ぬふりをするのです。これにはどのような心理が働くのでしょうか。何かあったとしても関わりを避けてしまう理由について教えましょう。

見て見ぬふりとは?

これまでに見て見ぬふりをしてしまったことのある方はたくさんいるでしょう。それではそもそも見て見ぬふりとは一体どのようなものなのでしょうか。こちらでは見て見ぬふりをするということについて注目してみましょう。

目撃したのに知らないふりをすること

何かトラブルや事件などを目撃してしまったのに、それを知らないフリをしてしまうことを見て見ぬふりといいます。たとえば目の前で喧嘩をしている方がいたり、犯罪に巻き込まれているような方がいたとしても知らないふりをするというケースがあるでしょう。

実際に怪我をしていたり、病気で苦しんでいるような方がいたとしても、知らないふりをする方もいるのです。いざ自分が当事者になってしまうと、そのような行動に出てしまうというケースがあるのです。

見て見ぬふりをすることわざ「袖手傍観」

見てみぬふりをするという意味のことわざがあります。たとえば添手傍観というものがあります。これは手をこまねいて何もせずにただ見ているという意味のことわざです。重大なことがあったのに見てみぬふりをしたことに対して批判めいて使われることが多いです。

袖手というのは袖の中に手を入れるという意味です。傍観というのはかたわらでただ見ているということです。袖手傍観して関わらないという使われ方をすることがあります。

見て見ぬふりする人の心理

どうして人は見て見ぬふりをしてしまうのでしょうか。普段はそのようなことをするべきではないと考えている方であっても、いざ自分が当事者になると見て見ぬふりをしてしまうことがあるのです。そんな行動に出てしまう人の心理について教えましょう。

トラブルに巻き込まれたくない

まずトラブルに巻き込まれたくないと考えてしまうケースがあります。これは誰でもそのように思ってしまうことがあるでしょう。もしトラブルに関わってしまうと、いろいろと面倒なことが起きてしまう可能性があるのです。面倒事に巻き込まれてしまうと自分の時間が奪われてしまうこともあります。

たとえば事情を誰かに説明しなければいけなかったり、自分が加害者であると間違われてしまうこともあります。そのような面倒事を見て見ぬふりをするのはとても楽です。そのため、トラブルに巻き込まれたくないという気持ちから見て見ぬふりをするのです。

忙しくて時間がない


たとえばこれから会社に出勤しようとしているときに困っている人を見かけてしまうことがあるかもしれません。しかし、そのようなときには自分の時間を優先させてしまうことが多いでしょう。このままでは遅刻してしまうときには、忙しくて時間がないと自分を納得させて見て見ぬふりをしてしまうのです。

自分がかかわる勇気が出ない

見てみぬふりをしてしまう方の中には勇気を出すことができなかったというケースもあります。助けなければいけない、関わらなければいけないと考えていたとしても、そこに自分が積極的に関わっていくことができないという場合があるのです。

なかなか自分の関係のないトラブルに突っ込んでいくことは難しいものです。とても勇気の必要なことであり、結局勇気を出すことができずに知らないふりをしてしまうこともあります。

責任を取りたくないから

トラブルに関わっていくと責任を取られてしまう可能性があります。自分が関わったことによって、余計に事態が悪化してしまう可能性もあるのです。上手く対処することができなければ、被害が大きくなってしまい、そのことについて責任を取らなければいけなくなることもあるのです。

そのようなリスクを考えると、最初から見て見ぬふりをしておけば良かったと後悔してしまうことになります。このようなケースは少なくありません。

周囲の人に同調している

自分の周りの人達も見て見ぬふりをしていることがあります。そうなると自分も同じような行動を取りたいと思ってしまうものです。人間というのは気持ちを同調したがる傾向にあります。

そうすることが精神的にも楽だからです。周りの人も何もしていないのであれば、自分だって何もしなくても良いと考えてしまうのです。そうやって自分を納得させようとしてしまいます。このような心理が働いているのです。

行動を見て呆れている

トラブルを起こしている人の行動を見て呆れているケースもあります。明らかにその人が被害者だったり、可哀想な状況に陥っているのであれば、助けたいという気持ちが起きるでしょう。しかし、そうではなくて、その人にも原因があると思われるような状況であれば、呆れてしまうこともあるでしょう。そうなるとわざわざ自分が助けてあげようという気持ちが生じないことも少なくありません。

関わると悲しい気持ちになるから

関わってしまうことによって自分が悲しい気持ちになってしまうこともあります。たとえば助けようとすることで、その人の痛みや苦しみに共感してしまうこともあるでしょう。そのような状況に耐えられないという方もいます。誰かを助けるというのは誰にでもできることではないのです。常に冷静にいられる人でなければ、余計なトラブルを引き起こしてしまう可能性もあるでしょう。悲しい気持ちになることを予想してトラブルを避けて見て見ぬふりをするというケースもあるのです。

見て見ぬふりの心理学的意味

見て見ぬふりをしてしまうことにはちゃんと学問的にも研究されており、研究も進められています。見て見ぬふりには心理学的な意味が存在しているのです。こちらでは見て見ぬふりをするという心理学的な意味について紹介します。

見て見ぬふりをしたくなる理由は傍観者効果

心理学の用語として傍観者効果というものがあります。こちらは集団心理の1つとなっています。何か事件が起きたときには自分以外に傍観者が存在していると、自分から率先して行動を起こすことがないというものです。たとえば多元的無知があります。みんなが行動を起こさないことによって、これは緊急性を要する事態ではないと考えてしまうのです。また、責任分散というものがあります。

これは他者と同調することによって、責任や非難が分散されてしまうと考えてしまうのです。また、評価懸念というものがあり、こちらは行動を起こしても周囲から結果に対してネガティブな評価を受けることを恐れてしまうというものです。

人が多い場所ほど傍観者効果が現れやすい

傍観者効果というのは人がたくさんいる場合にほど表れやすいとされています。たくさん人がいて、その人達が何もしないのであれば緊急的な状況ではないとつい考えてしまうのです。

また、たくさん人がいるとその人達が行動を起こすだろうと考えてしまうこともあるでしょう。また、人の多い場所では自分の行動はみんなから注目されてしまうことになります。その状態で自分が関わろうとすることに躊躇してしまうという心理も働くでしょう。

まとめ

見て見ぬふりをすることに対して罪悪感を抱いたことのある方は多いでしょう。しかし、これはどのような人間であっても、日本人ではなくて外国人であってもしてしまうものです。そのため、仕方のないことだといえるでしょう。もちろん、積極的に他人を助けるべきでしょうが、そういう行動を取ることができなかったとしても、あまり自分を責める必要はないでしょう。このようなときのために専門家が存在するのです。

たとえば警察や救急車を呼ぶことによって、すぐに対処してもらうことができます。あるいは警備の人を呼んだり、誰かを助けに来てもらうということもできるでしょう。このような行動であれば、自分が直接事態に関わるわけではないため、誰でも実行に移すことができるでしょう。