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2017年11月24日 更新

「3千本で思い出したのは…」イチローの名付け親・オリ時代の亡き恩師に感謝

「イチローと誰にも親しまれる呼び名に変えた方がいい」……。史上30人目&史上最速となるメジャー通算3,000本安打を達成したマーリンズのイチロー選手が、オリックス時代の恩師・仰木彬(おおぎあきら)監督に感謝のコメントを述べました。

イチロー選手

写真:Rob Foldy / GettyImages

イチロー選手は、7回の第4打席、ロッキーズ・ラシン投手のボールをライトオーバーで打ち返し、歴史的な偉業を達成。

試合後のインタビューにて、仰木監督との思い出を口にしました。

3000を打ってから思い出したことは、このきっかけを作ってくれた仰木監督ですね。神戸で2000年の秋、お酒の力を使ってですね、僕が口説いたんですけど、その仰木さんの決断がなければ何も始まらなかったことなので、そのことは頭に浮かびました

出典:full-count.jp

仰木監督は、イチロー選手がメジャーリーグに挑戦する前に所属していたオリックス時代の監督。野茂秀雄さん(近鉄時代)や田口壮さんなど多くの選手の才能を見極め、開花させるマネジメント力に定評がありました。

130試合で130通りの先発メンバーをアレンジする奇策。「パンチ佐藤」や「イチロー」の名付け親でもあります。ユニークな発想は「仰木マジック」として野球ファンの間で親しまれていました。

しかし、2005年12月、呼吸不全のため急逝(享年70)。当時マリナーズに所属していたイチロー選手は、闘病中の仰木監督を見舞うため緊急帰国。別れ際、仰木監督は泣いたそうです。

イチロー選手の「振り子打法」。高校時代やプロ入団時は「変なフォームはやめろ!」と指摘を受けることも。しかし、そんなイチロー選手の個性を認め、野球センスを見定め、イチロー選手の力を最大限に引き伸ばしたのは、仰木監督だったと言われています。

どんな人間かを察知する能力が確実にあって、それに応じて選手を操る。心の掴(つか)み方っていくつかパターンがあるけど、仰木監督はその型が無数にあるように見えた。それがマジックなのかもしれないですね

出典:daily.co.jp

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