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2017年09月09日 更新

公園に1台のパトカー 残骸が展示され続ける理由を知り、涙

「永久に忘れません。これからも私たちを見守ってください」

福島県富岡町にある双葉警察署。

隣接する岡内東児童公園に一台のパトカーが置かれています。

双葉警察署に隣接した岡内東児童公園に展示された津波被災パトカー

提供写真:Tkn@604さん(twitter.com)

屋根の下に配置された車。捧げられた多くの花やお供え物。

これは震災遺産として展示された「津波被災パトロールカー」(双葉31号車)です。

双葉警察署に隣接した岡内東児童公園に展示された津波被災パトカー

提供写真:Tkn@604さん(twitter.com)

ベース車両は「トヨタ・クラウン」。

原型をとどめず、完膚なきまでに破壊された姿は、津波の恐ろしさを強烈に物語ります。

双葉警察署に隣接した岡内東児童公園に展示された津波被災パトカー

提供写真:Tkn@604さん(twitter.com)

双葉警察署に隣接した岡内東児童公園に展示された津波被災パトカー

提供写真:Tkn@604さん(twitter.com)

残骸と一緒に設置された看板が、パトカーの背景を説明します。

殉職した2人の警察官の勇敢な行動が伝えられています。

双葉警察署津波被災パトカーと看板のメッセージ

提供写真:Tkn@604さん(twitter.com)


 この車両は、平成15年に双葉警察署に配備されたパトカーです。以来富岡町や双葉郡内で住民や地域の安全を守る多くの業務に携わり、走行距離は29万2千kmを超えました。

 平成23年3月11日の東北地方太平洋沖地震発生後、双葉警察署から増子洋一警視(当時41歳)佐藤雄太警部補(当時24歳)がこのパトカーで富岡町仏浜地内に急行し、町民をはじめ沿岸部の住民の避難誘導を行いました。避難した住民の中には、駆け付けたこのパトカーと冷静に避難誘導をしていた2人の警官の姿を鮮明に覚えている人が多くいました。

 その後パトカーは2人の警察官とともに津波に遭い、車両は子安橋のたもと付近にて多量の土砂が流入した状態で発見され、増子警視は地震から約1ヶ月後に陸地から30km離れた沖合で発見されました。また、佐藤警部補は行方不明となったままです。

 震災以後、このパトカーを訪れ、手を合わせる人や献花する人々が増え、自然と祭壇が設けられ、2人の警察官にメッセージが寄せられるようになりました。

 このパトカーは、震災直後の初動対応として津波が近づく緊迫した時間の中、使命感と勇気を胸に多くの住民を守るために職務を全うした人達がいたこと、そして平穏な町をおそった地震や津波の威力のすさまじさを示すものであり、東日本大震災を象徴する歴史的な資料として貴重なものです。

 この震災遺産を通じて震災を後世に伝えるために町民とご家族、そして福島県警察、富岡町とふくしま震災遺産保全プロジェクトが共働してこの場所に設置しました。


双葉警察署に隣接した岡内東児童公園に展示された津波被災パトカー

提供写真:Tkn@604さん(twitter.com)

波が押し寄せるギリギリまで、現場で避難誘導を行った増子洋一警視と佐藤雄太警部補。

永久に忘れません。これからも私たちを見守ってください。<双葉警察署>

双葉警察署に隣接した岡内東児童公園に展示された津波被災パトカー

提供写真:Tkn@604さん(twitter.com)

公園を訪れたTkn@604さんは祈りを捧げ、ツイッター上に写真を投稿すると、大きな反響を呼びます。

自らの命を引き換えに地域社会、住民の命を救った増子洋一警視と佐藤雄太警部補。

あれから、6年半。

これから積み上げる時間も、2人の尊い行動に深い敬意と感謝を表し、津波の教訓を語り継いでいく必要があります。

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