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2018年02月14日 更新

『真実の愛』って何?名言で分かる恋人との愛の確かめ方!

愛というのはとても難しいというイメージがあります。文学のテーマになっていたり、キリスト教のような宗教にも深く関わっていたり、難しい話がたくさんあります。しかし、実は真実の愛というのは簡単なのではないでしょうか。そんな愛について注目してみましょう。

真実の愛って一体何のこと?


真実の愛とは一体どのようなことなのでしょうか。これについてきちんと考えたことがある方や、理解しているという方は少ないでしょう。それでは真実の愛について解説しましょう。

見返りを一切求めない

真実の愛というのは見返りを一切求めないことといえるでしょう。見返りを求めるということは、そのような行為は打算的であり、愛とは程遠いものといえます。愛だけを求めて、他は一切何も求めないことが真実の愛といえるのではないでしょうか。たとえ相手が自分を好きにならなくても、そのことに怒りを感じず、なおのこと相手を好きでいられるならば、真実の愛となります。

純粋に思い続けること

また、真実の愛というのは純粋に相手のことを思い続けることといえるでしょう。たとえ相手が自分のことを振り向いてくれなかったとしても、自分を嫌いになってしまったとしても、それでもずっと愛を貫き通すことこそが真実の愛といえます。どのような障害があったとしても、相手への思いを持ち続けることができるならば、それは紛れもない真実の愛といえるのです。

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真実の愛かどうか分かるチェックポイント


自分の現在抱えている感情が真実の愛かどうかを判断することができたならばとても便利でしょう。そのためのチェックポイントを用意したため、ぜひとも参考にしてください。

安心感がある

まず、相手に対して安心感があるならば、それは真実の愛に近いといえるでしょう。純粋な愛でない場合には、安心感がなくなってしまうものです。どこか不安な気持ちになってしまったり、別の感情が生じてしまったりするならば、それは真実の愛とは異なっているかもしれません。

相手と一緒にいても安心できないならば、それは相手に対して真実の愛を抱いていない可能性があります。

ずっと一緒にいなくても大丈夫

いつもずっと一緒にいることこそが真実の愛であると考えている方がいるかもしれません。しかし、これは大きな間違いといえるでしょう。常に一緒にいることを強制するような女性というのは、単に寂しがり屋なだけであり、その寂しさを満たすために相手を求めているのです。それは純粋の愛とは違っています。

本当に相手のことが好きであるならば、たとえ離れ離れになっていたとしても、相手への強い恋心をずっと維持することができるでしょう。このようなことが可能ならば、それは真実の愛に近いといえます。相手を束縛しなかったとしても、愛が薄れないのです。

相手がどう思うかが一番大切

見返りを求めないことが真実の愛の条件となっています。したがって、相手がどう思うのかを一番に考えているならば、それは真実の愛といえるでしょう。いつも自分のことを中心に考えていて、相手がどう思うのかを気にしないならば、それは自分勝手な愛情であり、本当に相手のことを好きとはいえないでしょう。

真実の愛というのはあくまでも相手のことを思う気持ちの中にあるのです。自分のことしか考えていない方は、相手を愛している自分が好きであり、自分のために恋愛ごっこをしているだけでしょう。そのような身勝手な愛は真実の愛とは異なります。

偉人の名言や格言から知る真実の愛


昔の偉人は愛についてのさまざまな格言を残しています。それらを知ることによって、さらに真実の愛についての理解を深められるでしょう。

シェイクスピア

シェイクスピアといえばイギリスを代表する作家であり、400年を超えた今でもその作品は色褪せずに残っています。そんなシェイクスピアの愛に関する格言として、「事情が変われば己も変わるような愛、相手が心を移せば己も心を移そうとする愛、そんな愛は愛ではない」というものがあります。

これはまさしく真実の愛のことを説明しているのです。相手や事情の変化などとは関係なく、自分の中にある常に不変なものこそが真実の愛です。真実の愛というのはけっして簡単に変化するものではないのです。そのような確固たる愛を持っているならば、それはまさにシェイクスピアのいう本当の愛でしょう。

太宰治

太宰治もさまざまな恋愛に関する格言を残しています。たとえば、「愛は最高の奉仕だ。みじんも、自分の満足を思ってはいけない」という格言があります。これも真実の愛を語ったものといえるでしょう。真実の愛というのは自分の満足のために行うものではなくて、相手に対する奉仕の気持ちを持つことあると説いているのです。

これはまさに真実の愛の条件といえるものです。自分のためではなくて相手のためになることを常に考えているならば、それは真実の愛といえるでしょう。

樋口一葉

樋口一葉も会いに関する格言を残しています。たとえば、「せつなる恋の心は尊きこと神のごとし」という言葉を残しています。恋心というのはとても尊いものであると言っているのです。人生の目的というのは愛のためにあるのではないかと考えたのです。はかない命だからこそ、その中で恋心というのは尊いと考えました。

樋口一葉といえば若くしてこの世を去った作家です。そんな彼女だからこそ、この格言の重みがあるでしょう。樋口一葉は真実の愛を理解しており、その短い人生の中でも尊きものである愛を楽しんでいたことでしょう。

真実の愛を見つける方法


それでは、実際に真実の愛を見つけるためにはどうすれば良いのでしょうか。ここまで真実の愛についてさまざまなことを教えてきたのですが、皆さんも実際に真実の愛を実感してみたいという方は多いでしょう。ここではそれを得るための方法を紹介します。

他人の目を気にしない

まず真実の愛というのは自分の中にあるものです。それは他人の価値観とはまったく関係のないものとなっています。たとえその人が他人から嫌われていたとしても、自分は関係なく相手のことを好きになれなければいけません。他人の評価や視線を気にするような愛というのは真実の愛とは程遠いものでしょう。

みんなからの評判を気にしたり、その人のことを好きになったりしたら周りから何か言われるかもしれない、噂されるかもしれないと考えてはいけないのです。周りのことは一切気にせずにその人と自分だけの関係性の中で愛について考えるべきでしょう。

~してほしいという気持ちをなくす

愛というのは見返りを求めないものです。そのため、相手に何かをして欲しいと考えてはいけません。それをしてしまうと真実の愛から離れていってしまいます。して欲しいと願う気持ちというのはただの甘えであり、それは愛情とは別のものといえるでしょう。むしろ自分の方から相手に何かをしてあげたいと思うことの方が大切です。

相手を尊敬する

真実の愛を見つけたいならば、相手のことを尊敬しましょう。相手を一人の異性として素晴らしい人物であると思えることが大切です。そのような気持ちの中に真実の愛があるのです。相手を尊敬しているうちに、相手に対する考え方が変わっていくでしょう。それはしだいに真実の愛へと近づいていくのです。

まとめ

ここまで真実の愛に至るまでの道について説明していました。真実の愛というのは案外簡単なものかもしれません。多くの方が愛とは何なのか理解しておらず、真実の愛はどのようなものなのかを見つけるのに苦労しています。しかし、実は単純なことであり、特別なことは何もないのです。

こちらで紹介した真実の愛の見つけ方を参考にして、ぜひとも皆さんも真実の愛を発見しましょう。それを見つけることができたならば、きっとあなたは愛に対する認識を改めるでしょう。

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